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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)522号 判決 1991年3月19日

原告

飛田保壽

右訴訟代理人弁護士

須賀正和

被告

竹島嘉郎

右訴訟代理人弁護士

高崎尚志

君山利男

被告補助参加人

社会福祉法人恩賜財団済生会

右代表者理事

植村功

右訴訟代理人弁護士

上村恵史

高井佳江子

主文

一  被告は原告に対し、金一五五八万四六六三円及びこれに対する昭和五九年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一七五五万五二二六円及び内金一七〇五万五二二六円に対する昭和五九年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 昭和五八年一月一七日午前九時ころ

(二) 発生場所 横浜市緑区中山町一一九二番地先路上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(横浜五九て一九一四、以下「被告車」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 事故態様 右発生場所を直進進行中の原告運転の原動機付自転車(以下「原告車」という。)側面に加害車両が衝突し、原告をその運転車両もろとも路上に転倒させたもの。

2  原告の受傷、診療経過及び後遺障害

(一) 原告は、本件事故により、左下腿開放骨折、左膝靱帯損傷、顔面挫創等の傷害を負った。

(二) 原告は、次のとおり入院し、前記傷害につき診療を受けた。

(1) 竹山病院(訴外医療法人社団恵生会経営、以下「竹山病院」という。)

入院 昭和五八年一月一七日から同年二月五日までの一九日間

(2) 済生会神奈川県病院(補助参加人経営、以下「済生会病院」という。)

入院 昭和五八年二月五日から同年五月二三日までの一〇七日間

(3) 慶応義塾大学月が瀬リハビリテーションセンター(以下「月が瀬リハビリセンター」という。)

入院 昭和五八年五月二三日から昭和五九年二月一三日までの二六六日間

(4) 以後、自宅にて療養継続中

(三) 原告には、併合して自動車損害賠償法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下「自賠等級」という。)一級に該当する左記後遺障害が残存した。

(1) 左大腿部切断(一下肢を膝関節以上で失ったものとして、自賠等級四級5号に該当)。

(2) 右腓骨神経麻痺(一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すものとして、自賠等級一〇級11号に該当)

(3) ストレス潰瘍による胃切除(胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないものとして、自賠等級五級3号に該当。)

3  責任原因

被告は、本件事故発生当時、加害車両(被告車)を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、本件交通事故による後記原告の損害について自賠法三条により賠償すべき責任がある。

4  原告の損害

本件事故によって原告に生じた損害は、以下のとおり、合計五六三七万八四五二円である。

(一) 治療費 二〇〇四万六二四三円

(1) 竹山病院 二九五万五一六五円

(2) 済生会病院(既払) 一三五九万八四六〇円

(3) 村田病院(既払) 四〇〇円

(4) 紀平クリニック(既払) 四〇〇円

(5) 月が瀬リハビリセンター(昭和五八年五月二三日〜七月三一日分、保険既払)一五六万六〇六一円

(6) 右同(昭和五八年八月一日〜同五九年二月一三日分、労災既払) 一九二万五七五七円

(二) 入通院関係費用

(1) 入院料 一四〇万九二〇〇円

歩行機能回復のリハビリテーションのための入院料として慶応義塾大学月が瀬リハビリテーションセンターに支払った費用。

(2) 入院諸雑費 三九万三〇〇〇円

原告の前記2の(二)(1)ないし(3)の入院期間合計三九三日について、一日一〇〇〇円の割合で計算した諸雑費。

(3) 看護料及び入院付添費 三二八万三九五九円

① 昭和五八年一月一七日から同年八月三一日までの看護料(既払) 一四二万二二二九円

② 月が瀬リハビリセンター入院時の付添関係費用 一六七万四二三〇円

(うち一〇五万二五八〇円は労災から既払)

③ 家族付添費 一八万七五〇〇円

本件入院期間中の家族の付添を要するのは七五日を下らないので、付添費一日二五〇〇円に七五日を乗じた額。

(4) 交通費 六一万三〇〇〇円

① 昭和五八年一月一七日から同年八月二六日までの通院交通費(既払)三一万三〇〇〇円

② 月が瀬リハビリセンターへの入退院時及び原告の妻及び長男の付添の為の交通費の内金 三〇万円

(三)(1) 車椅子及び松葉杖代 六万八六〇〇円

独立歩行が不可能になったことに伴う車椅子及び松葉杖の購入代金。

(2) 仮義足及び眼鏡修理代(既払)一八万五九二〇円

(四) 住居改造費 二〇〇万円

原告は、前記後遺障害のため、その日常生活に支障をきたし、自宅の浴室と便所に手すりを設置し、便所を洋式にするなど、住居の改造を余儀なくされ、そのための工事費として支出した三九〇万円の内金。

(五) 後遺障害による逸失利益九八二万八六〇〇円

原告は、大正二年五月一日生まれで本件事故当時満六八歳であり、自動車損害賠償責任保険損害査定要綱別表により五年間は就労可能であったところ(新ホフマン係数4.364)、前記2(三)の後遺障害により、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものである。そこで、賃金センサス昭和五五年第一巻第一表による産業計全労働者六五歳以上の平均年収は二二五万二二〇〇円であるから、原告の逸失利益は次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 225万2200円×4.364=982万8600円

(六) 入院慰謝料 二三〇万円

(七) 後遺症慰謝料 一四〇〇万円

原告の負った障害は、前記のとおり後遺障害等級一級に該当し、これにより、本来享受することができたはずの老後の人生の幸を奪われ、毎日不自由で苦痛に満ちた生活を余儀なくされている。その原告の精神的損害を慰謝するに足りる金額は一四〇〇万円を下らない。

(八) 休業損害(既払) 一二四万九九三〇円

5  弁護士費用 一〇〇万円

6  よって、原告は、被告に対し、本件交通事故に基づく損害賠償として、前記総損害五六三七万八四五二円のうち、一七五五万五二二六円及びそのうち一七〇五万五二二六円に対する本件事故の日の後である昭和五九年三月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(一)ないし(四)の事実及び(五)の事実中、衝突の事実は認め、その余は争う。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の(1)(2)の事実、同(二)(3)のうち昭和五八年五月二三日から同月が瀬リハビリセンターに入院した事実は認めるが、その期間は知らない。

(三)  同(三)の(1)(3)の事実は認めるが、同(三)(2)の事実は知らない。

原告の左下腿のガス壊疽は、昭和五八年一月一七日の受傷時に感染し、同年一月二九日の左下腿に対する手術が契機となって発症したものとみられるものであるところ、交通事故等による外傷患者の治療にあたる医療機関としては、ガス壊疽の発症を未然に防止するため、創傷に対して十分なデブリドマンを施行するとともに傷を開放性に処置する等すべきであったのに、竹山病院は、原告受傷時に、創傷に対して十分なデブリドマンを施行せず、また、創傷を開放性に処置せず、さらに、原告が老齢で同月二六日には血沈八三〜一二〇と全身状態が悪化していたのに、同月二九日、原告の左下腿につき四時間以上にわたる手術を施行した結果、原告はストレス性胃潰瘍を併発して一挙に体力の消耗を来たし、これを契機にガス壊疽が発症したものであるから、原告の左大腿切断の後遺障害は、右竹山病院の重大な過失によるものであって、本件事故との間に相当因果関係はない。

仮に、原告のガス壊疽が昭和五八年一月一七日の受傷時のガス壊疽菌感染に起因すると認められないとしても、昭和五八年一月二九日の竹山病院における手術後、下血等により手術部位が汚染されたことにより、ガス壊疽菌に感染して発症したものとみられ、竹山病院には、術後の管理に過失があるというべきであるから、やはり原告の左下腿切断と本件事故との間に相当因果関係はないというべきである。

また、ストレス潰瘍による胃切除と本件事故との相当因果関係も争う。

3  同3の事実は認める。

4  同4の(一)(二)の事実は不知、同4のその余は争う。

三  抗弁

1  消滅時効

原告は、竹山病院に対する未払治療費二九五万五一六五万円を本件事故による損害として請求しているが、竹山病院の原告に対する治療費請求権は、その発生した時(昭和五八年一月一七日から昭和五八年二月五日までの期間内)から三年を経過しており、短期消滅時効(民法一七〇条)が完成しているから、被告は右消滅時効を援用する。

2  過失相殺

本件事故は、被告が被告車を運転して本件交差点(T字路)を右折進行中、同交差点を直進してきた原告運転の原動機付自転車(原告車)と出会い頭に衝突したものであり、その発生については、被告が右方向の安全確認を十分にしなかった過失もあるが、原告も被告車が交差点内に進入し右折しようとしていることを認識し、あるいは認識すべきであったのであるから、その動向を見極め、速度を調節して適宜回避すべき注意義務を怠った過失があるから、損害賠償額から三割を過失相殺すべきである。

3  損害の填補

(一) 自賠責保険及び任意保険から 合計三三八九万六三五一円

(1) 自賠責保険(後遺症分) 一五六七万円

(2) 任意保険(但し自賠責傷害分一二〇万円を含む) 一八二二万六三五一円

(二) 労災保険から

(1) 療養給付

① 看護料(昭和五八年一〇月二日から同五九年二月一三日まで) 一〇五万二五八〇円

② 入院治療費(昭和五八年八月一日から同五九年二月一三日まで) 一九二万五七五七円

(2) 休業給付金(昭和五八年八月一日から同五九年二月一三日まで) 五二万九九三〇円

(3) 障害年金(昭和六一年二月期から平成元年二月期まで) 四八一万七三五〇円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

原告は、被告主張の治療費について、訴外恵生会及び訴外大矢清との間で、平成二年五月二八日、原告が訴外恵生会に対して、診療費二八五万五一六五円及びこれに対する昭和五八年二月六日から支払ずみまで年五分の割合による利息金の支払義務あることを確認する合意をなし、右債務の承認をした。

2  抗弁2は争う。

原告車の進行道路は、道路交通法上の優先道路であり、優先道路を通行する車両の運転者には、徐行義務が免除されている。従って、本件のように優先道路から交通整理の行われていない交差点にまさに入ろうとした原告としては、交差する道路から交差点に入ろうとする被告車が、自車の進行を妨げないように一時停止して自車の通過を待っているであろうことを信頼して交差点に入れば足りるのであり(信頼の原則)、自車の交差点への進入を認識しながらあえて同交差点に進入し、あるいは、過失によりこれを見落として漫然同交差点に進入してくる車両の存在を予測して、自車を減速徐行させる等の注意義務はなく、被告の過失相殺の主張は理由がない。

3(一)  抗弁3(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、労災保険から看護料として一〇五万二五八〇円、休業給付金として五二万九九三〇円、障害年金四八一万七三五〇円をそれぞれ受領したことは認める。

第三  証拠<略>

理由

一本件事故の発生、原告の受傷及び被告の責任

請求原因1(一)ないし(四)の事実(事故の発生日時、場所、加害車両及び被害者)、同1(五)のうち原告運転の原告車(原動機付自転車)と被告運転の被告車が衝突した事実、同2(一)の事実(右事故により原告が受傷した事実)、同3の事実(被告が被告車の運行供用者である事実)は、いずれも当事者間に争いがない。右事実によれば、被告は、原告に対し、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が蒙った後記損害について賠償すべき責任がある。

二原告の受傷内容及び治療経過

1  受傷内容

原告は、本件事故により、左下腿開放骨折、左膝靱帯損傷、顔面挫創等の傷害を負った(当事者間に争いがない。)。

2  治療経過

請求原因2(二)(1)(2)の事実、同2(二)(3)のうち原告が月が瀬リハビリセンターに昭和五八年五月二三日から入院した事実、同2(三)(1)(3)の事実(ただし(3)の自賠等級を除く。)はいずれも当事者間に争いがなく、右事実に<証拠略>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和五八年一月一七日午前九時頃、本件事故により請求原因2(一)記載の傷害を負い、同日午前九時一〇分、救急車で竹山病院に搬入され、同病院の救急外来で荒井康温医師(以下「荒井医師」という。)の診察を受けた。荒井医師は、原告の左顔面、頭部及び左膝関節裏側の挫創(左膝関節裏側の挫創は、大きさ直径一センチ五ミリメートル、深さ二センチメートル程度)を、まず消毒液で消毒したうえ、抗生物質を混入させた生理食塩水五〇〇ミリリットルを用いて洗滌し(左膝関節裏側の挫創については、二〇ccの注射器で二回、抗生物質入り生理食塩水をふきかけ洗滌した。)、直ちに各創傷を縫合(左顔面四〇針、左下腿二針)するとともに、左膝蓋骨及び左下腿骨の骨折がみられたので、骨折部位に板を当てて固定した。

(二)  原告は、右同日、竹山病院に入院し、同月二九日、整形外科医師二人により、左下腿開放骨折、左膝外側々副靱帯断裂、左膝外側半月板断裂、左膝前十字靱帯断裂、左膝蓋腱断裂につき、左膝蓋骨の下部を半円状に切開し、左腓骨にキュンチャー(金棒)を固定する等の方法による観血的整復手術を受けた。医師は、右手術後、原告の左下肢にギブスシーネを当ててこれを固定し、手術成果の確認のため左下肢のレントゲン写真を撮影したが、原告がガス壊疽に罹患しているとは疑いもしなかった。なお、右レントゲン写真には、ガス像が写っていたが、これはギブスシーネによるものか、それともガス壊疽によるものか必ずしも明らかでなく、他にこの時点で原告がガス壊疽に罹患していることを窺わせる兆候は存在しなかった。

(三)  原告は、竹山病院入院中、本件事故による受傷、手術等のストレスに起因する胃潰瘍に罹患し、同年二月一日頃から、吐血、下血を繰り返し、同病院において再三にわたり輸血等の処置を受けたが、症状に改善が見られず、かえって全身状態が悪化したため、同月五日午前一〇時、済生会病院に転送され、同日、同病院に入院した。

(四)  済生会病院の外科医師は、原告に著明な貧血を認め、胃の内視鏡検査その他全身状態把握のための検査を施行するとともに、輸血、輸液等の処置を施したが、貧血状態は改善されず、全身状態が悪化の一途を辿ったため(白血球数についていえば、二月五日に一立方メートル中一九四〇〇だったものが、二月六日には四〇二〇〇、二月七日朝には四一七〇〇に増加した。)、緊急に胃の潰瘍部分を切除して外科的に止血する必要があると判断し、原告及び家族の承諾を得て、同月七日午前一一時一〇分ころから、胃亜全摘除手術を施行した。

(五)  ところが、同日午後九時ころ、同病院整形外科の水島斌雄医師(以下「水島医師」という。)は、原告を診察した際、ガス壊疽特有の異常な臭気に気づき、左下肢の膝創部を中心に浮腫があったこと、触診の結果、皮下にガスあるいは水が溜まっている兆候である捻髪音がしたこと、レントゲン写真でガス像を認めたこと等から、原告の左膝関節を中心とする部分にガス壊疽が発生していると診断し、翌八日午前〇時すぎから左下肢の罹患部分を切開してデブリドマンを施し、創を開放性に処置することを目的として手術を施行したが、筋肉や皮下組織の壊死が著しく、当時、原告がDIC(血管内血液凝固症候群)や敗血症に罹患している疑いもあったので、全身状態を管理していた外科医師と相談の上、救命のためには、健康部での切断もやむをえないとの結論に達し、原告の左下肢を大腿部中央から切断した。

(六)  右切断手術後、原告には、出血性ショック、DIC、呼吸不全、多臓器不全などの症状が現れ、一時、かなり危険な状態に陥ったが、どうにか危機を脱し、同年五月二三日、同病院を退院した。

(七)  原告は、昭和五八年五月二三日、月が瀬リハビリセンターに入院して、左大腿切断及び右腓骨神経麻痺のリハビリ治療を受け、昭和五九年二月一三日同センターを退院した(なお、原告が竹山病院に入院してから、済生会病院を経て、月が瀬リハビリセンターを退院するまでの入院期間は、通算三九三日である。)。

3  また、<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  ガス壊疽とは、ガス発生を伴う感染症に対する総称であり、その病原菌は嫌気性グラム陽性桿菌のうちクロストリジウム属の細菌によるものが大部分であるが、これら以外の嫌気性菌によってもガス発生を伴う進行性の壊疽が引き起こされる場合がある。なお、クロストリジウム属を起炎菌とするガス壊疽の場合は感染から数時間ないし数日間で急激に発症するのに対し、それ以外の起炎菌によるガス壊疽の場合は一般に発症も緩徐で経過も長く、その病態がやや異なるとされているが、ガス壊疽の多くは、混合感染を起こしており、毒素産生の強いクロストリジウム属とともに、他のグラム陰性菌や球菌なども検出されるのであって、両者の鑑別は必ずしも容易でないうえに、細菌学的検査による菌の同定には日時を要し、ガス壊疽の治療は可及的速やかに行うことが生命及び患肢予後を改善する上で最も重要であることから、臨床的には両者を含めて広くガス壊疽として扱われている(以下「ガス壊疽」という場合は、両者を含めた広い意味でのガス壊疽の意で用いる。)。

(二)  ガス壊疽の起炎菌であるクロストリジウム属を代表とする嫌気性グラム陽性桿菌は、土壌中あるいは動物の糞便中に常在し、また正常人体の下部消化器管等にも存在することが知られているが、その存在は必ずしも発症につながるものではなく、外傷における創内の汚染した異物、壊死組織、血行障害、混合感染及び全身性消耗性疾患による抵抗力の減弱などの条件がそろった場合に発症する。

(三)  ガス壊疽の局所症状としては、患部の疼痛、腫脹、浮腫がみられ、進行するとともに患部及びその周辺の皮膚は発赤し、病変の高度の部位では暗赤色あるいは暗褐色を呈し、水泡形成をみ、漿液血性の腐肉臭を有する排液を認め、病変部周囲を圧迫すると捻髪音や握雪感がある。また、全身症状としては、初期には発熱、瀕脈がみられ、進行するとともに溶血、黄疸、乏尿、ショックに陥り、最終的には敗血症の症状を呈して死に至る。ガス壊疽発症後の治療としては、近時、高圧酸素療法と抗生物質の導入によって患肢を可能な限り残す方向に向かっている(ただし、済生会病院には、高圧酸素療法の設備はなかった。)。

(四)  ガス壊疽は、一度発症すれば、予後が悪いことから、発症後の治療よりも予防の方が重要であり、そのためには、受傷直後の創傷処理において創傷部分をよく洗浄して清浄化するとともに、血行を失い壊死に陥った組織や汚染された組織を十分に除去すること(デブリドマン)が肝要であり、全身状態、創傷の程度、汚染の程度等から十分なデブリドマンが困難な場合には、創傷を開放性に処置し(これによって菌の増殖を抑えることができる。)、健全な肉芽の形成を確認してから更にデブリドマンを行って縫合する配慮が必要であるとされ、また、汚染創や、血流障害がみられる創では、たとえ治療の目的でもプレート、人工血管などの異物を挿入することは避けなければならないとされている。

4  前認定の事実に前掲各証拠を総合すれば、起炎菌の種類は特定されていないが、済生会病院において左下肢を切断するまでの経過からみて、原告は、昭和五八年一月一七日の受傷時ないし竹山病院入院中のいずれかの時期にクロストリジウム属ないしその他の起炎菌に感染し、その後のストレス性胃潰瘍による全身状態の悪化に伴い、遅くとも同年二月七日にガス壊疽が発症したものと推認でき、また右ガス壊疽発症時の原告の状態からして、済生会病院の医師が左大腿切断をしたこともやむを得ない処置であったと認められる。<<証拠略>中には、本件においては原告にガス壊疽の発生を疑わせるに足りる証拠がないとする部分があるが、前掲各証拠、とりわけ<証拠略>に照らしてたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三後遺障害及び本件事故との因果関係

1  後遺障害

(一)  左大腿部切断

原告に、左大腿部切断の後遺障害が残ったこと、右は、一下肢をひざ関節以上で失ったものとして、自賠等級四級5号所定の後遺障害に該当することは当事者間に争いがなく、前認定の治療経過に照らすと、原告の右障害は、月が瀬リハビリセンターを退院した昭和五九年二月一三日をもって症状固定したものと認めるのが相当である。

(二)  右腓骨神経麻痺

<証拠略>によれば、原告には、右腓骨領域の感覚障害、右足関節背屈不能の症状を伴う右腓骨神経麻痺の後遺症が存在することが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右は、一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すものとして、自賠等級一二級7号に該当し、その症状固定時期は、前同様昭和五九年二月一三日の月が瀬リハビリセンター退院時と認めるのが相当である。

(三)  ストレス潰瘍による胃切除

原告に、ストレス潰瘍による胃切除の後遺症が残ったことは、当事者間に争いがなく、その程度は前認定のとおり胃亜全摘除であるところ、右障害は、脾臓又は一側の腎臓を失った場合に対比して、少なくとも自賠等級八級11号に該当し、その症状固定時期は、昭和五八年五月二三日の済生会病院退院時と認めるのが相当である。

以上認定の後遺障害を併合すると、原告に、本件事故後、自賠等級二級に相当する後遺障害が残ったものと認められる。

2  本件事故と後遺障害との因果関係

被告は、原告がガス壊疽に罹患したのは、竹山病院における医療過誤によるものであって、ガス壊疽による左大腿切断と本件事故との間には相当因果関係がないと主張するが、前認定の原告の受傷内容、治療経過及び一般的なガス壊疽発症の機序に照らせば、本件のような事故により左下腿開放骨折などの傷害を受けた原告が、前認定の経過を辿って左下腿にガス壊疽を発症して大腿部以下の切断を余儀なくされることは、通常あり得べきことであり、仮に、原告受傷後の治療に当たった竹山病院の医師の医療行為に被告の主張するような過誤が認められたとしても、その過誤と、被告の加害行為とは原告の左下肢に対する侵襲という点で客観的に関連共同し、共同不法行為となるべき性質のものであるから、いずれにしても、被告の加害行為と原告の左大腿切断の後遺障害との間に法的な因果関係が認められることは明らかといわなければならない。被告の主張は採用できない。

なお、前認定の治療経過及び後遺障害に照らせば、原告に残った右腓骨神経麻痺及びストレス潰瘍による胃切除の各後遺障害も、本件事故によるものと認めるのが相当である。

四損害

1  治療費 二〇〇四万六二四三円

<証拠略>によれば、(1)原告が竹山病院に支払うべき治療費は合計二九五万五一六五円であること、また、被告が付保していた任意保険から原告の治療費として、(2)済生会病院に対し一三五九万八四六〇円、(3)村田病院に対し四〇〇円、(4)紀平クリニックに対し四〇〇円、(5)月が瀬リハビリセンターに対し一五六万六〇六一円の支払がなされていること、(6)同じく労災保険から月が瀬リハビリセンターに対し一九二万五七五七円が支払われていることが認められ、右(1)ないし(6)の合計二〇〇四万六二四三円を本件事故による原告の損害と認めることができる。

2  入通院関係費用

(一)  入院料 一四〇万九二〇〇円

<証拠略>によれば、原告が、昭和五八年八月一日から同五九年二月一三日までの月が瀬リハビリセンターにおける差額ベッド代、貸布団代など入院料として合計一四〇万九二〇〇円を支出したことが認められる。

(二)  入院諸雑費 三九万三〇〇〇円

原告は、前認定のとおり、昭和五八年一月一七日竹山病院に入院してから、済生会病院を経て、同五九年二月一三日月が瀬リハビリセンターを退院するまで、合計三九三日間入院したものであるが、右入院一日あたり一〇〇〇円の雑費を要すると推認されるから、一〇〇〇円に右入院日数を乗じた三九万三〇〇〇円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(三)  看護料及び入院付添費

(1) 付添看護料(保険既払分) 一四二万二二二九円

<証拠略>によれば、被告の付保した任意保険から原告に対し、昭和五八年一月一七日から同年八月三一日までの竹山病院、済生会病院、月が瀬リハビリセンターにおける看護料として、一四二万二二二九円の支払がなされており、右は本件事故による損害と認められる。

(2) 付添看護料(労災既払分・原告負担分) 一六七万四二三〇円

<証拠略>によれば、原告は、昭和五八年九月一日から同五九年二月一三日までの月が瀬リハビリセンターにおける看護料として、合計一六七万四二三〇円(うち一〇五万二五八〇円は労災保険から既払)を支出したことが認められ、右は、本件事故による損害と認めるのが相当である。

(3) 家族付添費 一八万七五〇〇円

前認定の原告の傷害及び後遺障害の内容、程度、年齢等に、<証拠略>を総合すると、本件入院期間中、少なくとも原告の請求する七五日間、家族の付添を要したことが認められ、家族の付添費としては、一日あたり二五〇〇円が相当であるから、二五〇〇円に右日数を乗じた額を本件事故による損害と認めるのが相当である。

(四)  交通費 六一万三〇〇〇円

<証拠略>によれば、原告は、被告が付保した任意保険から昭和五八年一月一七日から同年八月二六日までの通院交通費として三一万三〇〇〇円の支払を受けていること、原告が月が瀬リハビリセンターに入院中、原告の妻ないし長男が、付添のため一か月に約五回の割合で同所を訪れ、そのための交通費として片道約七〇〇〇円を要したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。以上の事実によれば、本件事故により原告が要した通院交通費としては、原告が任意保険から支払を受けた三一万三〇〇〇円に同年九月以降に要した家族の付添及び原告の退院のための交通費三〇万円を加えた六一万三〇〇〇円を下回ることはないということができる。

3  車椅子及び松葉杖代等 二五万四五二〇円

<証拠略>によれば、原告は、本件事故後、車椅子及び松葉杖を購入し、それぞれ六万三〇〇〇円及び五六〇〇円を支出したこと、仮義足、眼鏡代に一八万五九二〇円を要したことが認められ、右合計二五万四五二〇円は、本件事故による損害と認めるのが相当である。

4  住居改造費 二〇〇万円

<証拠略>によれば、原告は、前記後遺障害のため、その日常生活に支障をきたし、自宅の浴室と便所に手すりを設置し、便所を洋式にするなど、住居の改造をなし、そのための工事費として三九〇万円を支出したことが認められる。そのうち二〇〇万円を本件事故と相当因果関係を有する損害と認めるのが相当である。

5  後遺障害による逸失利益 一四五六万八六二七円

前示のとおり、原告は、本件事故のため、併合して自賠等級二級に該当する障害を受けたもので、その労働能力の一〇〇パーセントを失ったものであると認められるところ、原告は、症状固定時の昭和五九年二月一三日当時満七〇歳(大正二年五月一日生)の男子で、昭和五九年簡易生命表による平均余命が11.93であることは当裁判所に顕著な事実であるから、平均余命の約二分の一である六年間就労可能であったものと認めるのが相当である。そこで、賃金センサス昭和五九年第一巻第一表による産業計全労働者六五歳以上の平均年収(二八七万〇一〇〇円)を基礎に、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を計算すると、次のとおり一四五六万八六二七円となる。

(計算式) 287万0100円×5.076=1456万8627円

6  入院慰謝料 二三〇万円

前示のとおり、原告は、本件事故により三九三日間の長期にわたる入院生活を余儀なくされたのであるから、本件事故の態様、その後の治療経過その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、右入院中の原告の精神的苦痛を慰謝するには、二三〇万円の支払をもってするのが相当である。

7  後遺症慰謝料 一七〇〇万円

前示のとおり、本件事故により、原告には、併合して自賠等級二級に該当する後遺障害が残ったものであり、右後遺障害の内容、原告の年齢その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、その精神的苦痛を慰謝するには、一七〇〇万円の支払をもってするのが相当である。

8  休業損害 一二四万九九三〇円

<証拠略>によれば、原告に、任意保険から休業補償として七二万円、労災保険から五二万九九三〇円の支払がなされていることが認められ、右合計一二四万九九三〇円は、本件事故による原告の損害と認めることができる。

9  総損害(1〜8の合計) 五六八〇万六六三一円

五消滅時効

被告は、原告が本件事故による損害として請求している前記竹山病院における治療費二九五万五一六五円(未払)につき、竹山病院の原告に対する治療費請求権の短期消滅時効を援用する旨主張するが、そもそも、時効の援用をなしうる「当事者」は、「時効により直接に利益を受けるべき者」であって、時効により間接に利益を受けるに過ぎない者は時効を援用できないと解すべきところ(大判明治四三年一月二五日民録一六・二二参照)、本件にあっては、被告と竹山病院との間に直接の法律関係は存在せず、被告としては、原告が前記治療費請求権の消滅時効を援用した場合、その分だけ原告に対する損害賠償額が減少するという間接的な利益を受けるに止まるものであるから(その分だけ原告の実損害額が減少するとみられる。)、被告は、右消滅時効の援用をなしえないといわざるを得ず、消滅時効の主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

六過失相殺

<証拠略>によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、別紙交通事故現場見取図のとおり、佐江戸町方面から宮の下交差点方面に至る県道(全幅約7.5メートル、車道約6.6メートル、歩道片側約0.9メートル、片側一車線、以下「甲道路」という。)と、上山町方面に通ずる狭路(全幅約三メートル、歩車道の区別なし、以下「乙道路」という。)とがT字型に交差する信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)であって、両道路ともアスファルトで舗装され、甲道路は、制限速度四〇キロメートル毎時と規制され、優先道路(黄色の実線)の指定を受けている(乙道路の本件交差点入口には、一時停止の標識はない。)。そして、乙道路から甲道路に進入しようとする場合、交差点の両角に住宅があって左右の見通しは悪いが、進路前方(交差点先)に設置されているミラーにより、右方約一〇〇メートルの見通しが可能である。

2  被告は、被告車を運転して、乙道路から本件交差点を右折進行するに際し、別紙交通事故現場見取図①の地点で一時停止をしたが、交差する甲道路の左右の見通しが悪かったため、前方(交差点先)のミラーで甲道路を右方から進行してきた約四台の車両(四輪車)を確認してこれらをやり過ごし、その後、同所のミラーで左方からの交通がないことを確認したうえ、時速約五キロメートルの速度で本件交差点に進入し、右折を開始したところ、②地点で甲道路を右方から進行してきた原告車(原告運転の原動機付自転車)を約四メートル先の地点に初めて発見し、急制動の措置をとったが間に合わず、地点で被告車の右側前部と原告車の前部とを衝突させ、原告を路上に転倒させた。

3  他方、原告は、本件事故当時、原告車を運転して、甲道路を佐江戸町方面から宮の下交差点方面に向け時速約三〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点の約一〇メートル手前に差しかかったところ、停止していた被告車が乙道路から本件交差点にゆっくり進入してきたのを認め、急制動の措置をとるとともに右にハンドルを切ったが避け切れず、被告車と衝突した。なお、原告は、先行する車両(四輪車)と約二〇メートルの車間距離をおいて、道路左側を走行していた。

以上の事実によれば、本件事故は、被告が被告車を運転して本件交差点を右折するにあたり、交差点手前で一時停止した位置では右方道路の見通しが困難であったのであるから、本件交差点入口で再度一時停止するなど右方からの交通の有無及びその安全を確認して右折進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、ミラーで右方からの約四台の四輪車の通過と左方からの交通のないことを確認しただけで安全に右折できるものと即断し、漫然被告車を本件交差点に進入させた過失によって発生したことが明らかであるが、他方、原告にも、停止している被告車が本件交差点を右折しようとしていることを予測して、その動向を見定め、速度を調節するか、警音器を吹鳴するなどして適宜衝突を回避すべき注意義務があったのにこれを怠った過失が認められる。そして、右車両の過失の内容、程度を対比し、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、過失割合は被告が九割、原告が一割と認めるのが相当である。

なお、原告は、原告車の進行道路が道路交通法上の優先道路であり、信頼の原則により、原告には、本件事故発生につき過失がないと主張するが、原動機付自転車の運転者としては、優先道路を走行していたとしても、進路前方の信号機のない交差点を右折しようとする車両が、道路左側を進行する自車の存在を見落として交差点に進入してくる可能性があることは予見すべきであるから、原告に過失が全くないという主張は採用できない。

そこで、前記総損害から一〇パーセントを控除すると、被告が賠償すべき原告の損害額は、五六八〇万六六三一円となる。

七損害の填補

原告が、自賠責保険及び任意保険から合計三三八九万六三五一円及び労災保険から看護料として一〇五万二五八〇円、休業給付金として五二万九九三〇円、障害年金として四八一万七三五〇円(昭和六一年二月から平成元年一月末日まで)の各支払を受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、原告は、労災保険から入院治療費として一九二万五七五七円(昭和五八年八月一日から同五九年二月一三日まで)を受領したことが認められる。

ところで、交通事故による損害の一部を労災保険給付により填補された被害者に過失相殺事由がある場合、労災保険の受給権者に対する第三者の損害賠償義務と政府の労災保険給付の義務とは相互補完関係にあり、同一事故による損害の二重填補を認めるものではないと解されること、また、労災保険給付の性質が、損害の填補を基本としていることからしても、被害者の損害額に過失相殺をして加害者の負担すべき賠償額を定め、その額から労災保険給付を控除すべきものと解するのが相当であるから、前記被告が賠償すべき金額(過失相殺後の金額)から原告が自賠責保険、任意保険及び労災保険から受領した右金額合計四二二二万一九六八円を控除すると、残額は、一四五八万四六六三円となる。(なお、原告が受領した労災保険給付のうち、看護料及び入院治療費の療養給付合計二九七万八三三七円が、前示原告の本件事故により受けた損害のうち被告の賠償すべき義務のある積極損害の範囲内にあること、また、同様に休業給付金及び障害年金合計五三四万七二八〇円が、被告の賠償すべき義務のある消極損害の範囲内にあることは、いずれも計数上明らかである。)

八弁護士費用

<証拠略>によれば、被告において、本件事故により原告に賠償すべき金額の一部しか任意に支払わなかったため、原告は、原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、遂行を委任せざるを得なくなったことが認められ、本件訴訟の難易、認容額等の事情に照らせば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、一〇〇万円を相当と認める。

九結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、前記の損害残額に右弁護士費用を加えた一五五八万四六六三円及びこれに対する本件不法行為の日の後(本訴状が送達された日の翌日)である昭和五九年三月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清水悠爾 裁判官前田博之 裁判官今村和彦)

別紙<省略>

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